プロデューサー 水主 義人

どのような形で今回のプロジェクトに参加しましたか?

ひまわりっシーズン2では、社内の部署を横断して40人のプロジェクトチームを結成しました。番組制作班、コンテンツビジネス班、宣伝広報班と、役割ごとに3つのチームを5人のプロデューサーがまとめているのですが、今回私は番組制作班のプロデューサーとしてこのプロジェクトに携わらせていただきました。
それぞれのチームでは、メンバーが役職、上下関係、経験等関係なく動いていて、どうしたら良いコンテンツが作れるかを第一に考えながら制作しています。
「テレビ局は斜陽産業だ」とも言われる中で、私たちの新しいチャレンジの一つです。

「ひまわりっ2」が実現した経緯を教えてください。

2020年にUMKが開局50周年を迎えたのですが、節目を迎えるとともに「地域の方々に感謝を伝えたい」というコンセプトから番組制作がスタートし、2020年6月にひまわりっ第1弾を放送することができました。
第1弾の反響が思いのほか大きく、ファンの方や県民の方などたくさんの方から続編を待ち望むお声をたくさん頂きましたので、より地域性に特化して「宮崎にとことんこだわったドラマを作る」という想いのもと、第2弾の制作プロジェクトが誕生しました。
地域性をもっと深堀りすることで、全国数多あるドラマコンテンツとの差別化を狙っています。

今回のプロジェクトの中で、印象に残った出来事を教えてください。

普段各部署で仕事をしていますが、今回は全ての部署が横断的になることで、ドラマ制作だけではなく、日頃の悩みも共有出来て、横のコミュニケーションがどんどん取れるようになりました。特に第1弾を経験しているメンバーは、新しく参加するスタッフに自分たちのノウハウを伝えながら、さらに様々な芸能事務所、音楽プロダクションと協業することで新しい刺激や経験を得ることができました。
このように、全国でもトップクラスの制作チームと同じ仕事を弊社の若手スタッフが体験できたことは、普段の業務の幅を広げることに繋がったのではないでしょうか。
また、今回を機にドラマ用のカメラ機材を弊社でも購入し、弊社のカメラマンも撮影に参加しています。「ひまわりっ」だけで終わることなく、自分たちで新しいコンテンツを発信できるように、今後を見据えたビジョンを持ってチャレンジしています。

UMKはローカルテレビ局ですが、全国レベルの仕事に宮崎から関わることができます。今回の「ひまわりっ2」プロジェクトも、現場から企画・発信して、上長や役員の後押しを受けて実現しました。挑戦すれば、自分のやりたいこと、叶えたいことを実現できる会社です。

プロデューサー 岩下 知広

どのような形で今回のプロジェクトに参加しましたか?

主に著作権など権利関係の調整や、広報を担当するプロデューサーとして関わらせて頂きました。
こういう企画を進めるためには権利的にどのようにしなければならないか、費用はどうするのか、描いて頂いた著作物はどのような取り扱いにしなければならないかなど、原作者の東村アキコ先生や出版社の講談社とやり取りをして決めていく仕事です。
ドラマを作るというよりも、作るための足場を固めるような役回りですね。
私は東京支社にいますので、先生と直接お会いしたり、宮崎にお越しの際はアテンドさせて頂いたりと、先生とUMKのパイプ役としても動きました。

普段の業務と比べ、どのような違いがありましたか?

普段は東京支社で編成業務を担当しています。今回は権利関係を担当するということで、イチから著作権や権利のことを勉強し直しました。
それでも初めて携わる分野の仕事なので四苦八苦する部分はありましたが、手探りでチャレンジしたり、第一弾で参加したメンバーや外部の方に助言をもらったり、新しいことに楽しみながら取り組むことができたと思います。
40人ほどのプロジェクトメンバーの中で、私のほかに10名ほどが権利や広報関係の業務を担当していましたが、みんな手一杯な中で横のつながりをうまく活かしながら仕事ができたのではないでしょうか。

参加したことで得られたものはありましたか?

ドラマのプレスリリースを10回ほど行いましたが、その都度内容を細かくチェックしていただくために、普段接することのない東村アキコ先生やマネージャーさん、講談社の方など、全く異なる業種の方と直接やり取りをさせて頂きました。
普段の業務だけでは経験できない、とても貴重な新しい刺激を頂けたと感じています。
私は普段東京にいるのですが、ドラマ制作が終わったあとも皆さんとの交流は続いていて、仕事だけではない素敵な関係性を築くことができたのではないかと思います。

「ひまわりっ」に限らず、今までなかったような取組みでも、通例にとらわれずにチャレンジさせてくれる会社の雰囲気や、どんな無謀な企画でも「一緒にやろうよ!」と力を貸してくれる社員同士の横の繋がりがUMKにはあります。自分が実現したい夢や放送局でチャレンジしてみたいことがあれば、UMKならきっと挑戦できるはずです!

プロデューサー 山本 一成

どのような形で今回のプロジェクトに参加しましたか?

今回プロデューサーを務めさせていただきましたが、主にスポンサー獲得と、そのケアを担当しました。
ひまわりっ2は各市町村や地元企業はじめ、さまざまな企業にスポンサーになっていただきました。
各市町村を舞台としたストーリーもあり、脚本を担当した池田鉄洋さんや監督、ホリプロの平部プロデューサーと密に連絡を取り、またみんなで宮崎を駆け回りドラマの内容を決めていく、いわば制作サイドとスポンサーのパイプ役です。

視聴者からは見えにくいお仕事だと思いますが、どのようなことに注力しましたか?

確かに表には見えにくい役回りですが、きちんとビジネスとしてドラマを作っていく上ではとても重要な仕事だと考えています。
ドラマというコンテンツは、俳優さんや制作会社など、様々な方に関わっていただくプロジェクトなので、準備が始まった段階から確実に大きな制作費が必要なことが目に見えていました。そこで、脚本の池田さんやホリプロのプロデューサーと何度も県内を周り、様々な自治体や企業の支援を取り付け、どのようなものをどうPRするのかなど、スポンサーとの約束ごとを一つ一つ丁寧に脚本に落とし込んでいきました。
普段の仕事である「営業」のスキルや経験がとても役立ちましたね。

普段の業務と違って楽しかったことを教えてください。

普段の業務は営業なので、番組制作にほとんど関わることはありませんでしたが、今回はスポンサーをケアする立場として、ドラマ撮影現場の第一線で監督の横でモニターチェックをさせてもらいました。商品の写し込みの際の見栄え確認は僕が一番先に行うので、その場でもう少し前に出して欲しいなどの判断を伝えます。
撮影に参加した2週間は、テレビ局に入って良かったと改めて思えた時間でした。
そして、自分たちが生まれた場所、暮らしている場所に著名俳優が来て、それが作品として仕上がっていくことにとても喜びを感じました。

地方のテレビ局でも、ドラマも作れるし、音楽フェスだって企画できます!UMKは、宮崎の文化の発展に関わることができる数少ない企業です。叶えたい夢のために、まずは飛び込んでみてください!

プロデューサー 寺田 健吾

「OMOFES」はどのようなイベントですか?

「新型コロナで学校行事やイベントが制限された若い世代に最高の思い出を!」そんな願いから2023年にOMOFESは誕生しました。若い世代に人気の豪華ゲストを宮崎に招待し、歌・ダンス・ファッションショーなど、学生が主役の様々なイベントを開催しています。また中高生にも実行委員会として一緒にイベントを盛り上げてもらうなど、若者の「好き」が詰まった新感覚の体験型イベントです。

「OMOFES」の内容はどのように決めていますか?

OMOFESの運営はUMKの各部署から「面白いことが大好き」な精鋭達(笑)が集結したドリームチームが担っています!それぞれの専門スキルと「最高のイベントにしたい」という熱い情熱を日々ぶつけ合いながら、部署の垣根を越えて企画を考え練り上げています。参加してくれる若い世代の一生の思い出になるような最高なイベントにするため、チーム一丸となって全力で取り組んでいます!

今後どんなイベントにしたいですか?

私たちが目指すのはOMOFESを『宮崎を代表するNo.1イベント』といえるほど地域に深く根差したイベントに育て上げることです。まずは県内の若い世代を中心とした皆さんに愛され親しまれるイベントを目指しています。
そして同時に、全国からも注目されるようなインパクトのあるイベントへと進化させたいと考えています。UMK発・宮崎発の『面白い』が日本中に届く!地域に寄り添いながらも、新しい刺激を全国へ発信できるイベントにしていきたいと考えています。

UMKの社内には、宮崎を「より良くしたい」「盛り上げたい」という熱~い想いを持った社員が溢れています。会社のキャッチフレーズ「C&C(チェンジ&チャレンジ)」は、まさにその挑戦する姿勢を体現したものです。特に「OMOFES」は若い世代の感性を取り入れ寄り添い、一緒に新しい価値を創り出すイベントです。これからのUMKを担う皆さんの斬新なアイデアや柔軟な視点が、これからのUMKを切り拓く大きな力になると思います。ぜひ、皆さんも一緒に熱~い想いをぶつけてみませんか?宮崎の新しい景色を一緒に見られる日が来ることを、心から楽しみにしています!